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2010年07月31日
エッセイ講座その後……。
暑い日が続く、7月も今日で終わり。8月は高校野球の夏だ。第92回全国高校野球は8月7日に開幕する。全国地方大会を勝ち抜いた出場校49校が明日出そろう予定だ。

その朝刊を見ていたら、「おいしい記憶エッセイコンテスト」受賞作品の発表があった。どうして皆さんこんな文章が書けるのだろうと感心するばかりである。

さて、私の「エッセイ講座」の初回宿題は自由課題だったので私はblog第1回にUPしたプロフィールを「私の自己紹介」と題して、五言絶句ならぬ四文字熟語の自己紹介を書いてなんとか凌いだ。
それ以後、講座の先生は私のことを「四文字熟語の先生」と呼ぶ

ところが前回、また宿題が出た。今度は「ゴーヤをもらったお礼のはがき礼状」……である。朝刊エッセイを見て宿題を思い出した。まだ、何も書いてない。

昨日、頼まれて作った2作目の「アディロンダックチェア」、座面の角度を20度から15度に変えてみた。

Posted by 古葉茶庵 at 18:11
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2010年07月28日
ついに陥落!!!
かって大監督は選手引退の日にピッチャーマウンドに立って宣言した、「巨人は永久に不滅です」……。昨日、後半戦スタートの日にそのGがついに首位から陥落した。

7月は6勝10敗の不甲斐なさ


原監督、今や世界の原ですぞ


例えば、先発、中継ぎ、クローザーの枠をはずし、或いは2軍からその日調子良い日替わりメニューで短いイニングで使う。もう総力戦しかないことを肝に刻め。

映画「男はつらいよシリーズ」で主人公・車寅次郎役の渥美清さんが俳句好きだったことにちなみ昨年創設された「寅さん俳句大賞」
第2回(今年)の大賞句が発表された。東京都・工藤進さんの次の句である。
<ひと恋へば 止まらぬ寅の かざぐるま>
私の嘆き

<ジャイアンツ 止まらぬ負けの かざぐるま>
Posted by 古葉茶庵 at 09:32
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2010年07月27日
へちま
酷暑が続く、元気が良いのは子供たちばかり。孫に元気をもらいDIY(日曜大工)に精出している。
春に母が植えた「へちま」……これも元気がよろしい。3mもある一つ葉の垣根の上で黄色の花ガ満開である。


鹿児島に住み着いて驚くことが多いが、これもその一つ。なんと……あのタワシに使っていたへちまを食べる。

チャンプルー、そうめん汁、味噌和えetc……。カミさんが「美味しいから食べて見て」という。……フニャッとして歯ごたえがない(歯が悪いくせに)、そしてタワシのへちまを連想する。今でも苦手な一つである。

カミさんのほうにはリクエストが多く、毎日のように持って行ったり、取りに来られる。鹿児島では初夏の欠かせない食べ物のようだ。

Posted by 古葉茶庵 at 12:56
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2010年07月26日
土用丑の日
今日は「土用丑の日」、今日『「う」の字が付く物を食べると夏負けしない

その代表食品はなんと言っても「うなぎ」、うなぎにとっては大きな受難日である。

この受難日に今年は異変が起きているらしい。受難にあってる国産うなぎが市場の20%弱だという。初冬の風物詩、菱田川、安楽川の夜中のシラスウナギが年々獲れなくなったと聞いている。

先日、志布志栽培漁業センターの主任技術開発員に「世界初、うなぎの完全養殖成功」の画期的なお話を伺ったが、まだまだ実験段階で商業バースに乗るものではない。

昨日、一日早めの大隅産うなぎの蒲焼を食べたが、やはり「まいう~


うなぎの不飽和脂肪酸は悪玉コレステロールを抑制しメタボにバッチリ、意外とカロリーが低く、風邪、肩こり、冷え性、だるさ、息切れ、筋肉痛、肌荒れに効き若い女性の味方でもあるという。(ホント

<うなぎのない土用なんて花火の揚がらない夏祭り>とは言わないまでも、時には食べ物屋さんの宣伝に乗っかって、ありがたく、美味しく頂き、この味を伝えてゆきたいものである。

うなぎを始め、うし、うどん、うり、うめぼし、ぎょうざ……etc、「う」の字の付く物を食ってこの夏を乗り切ろう

Posted by 古葉茶庵 at 08:30
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2010年07月25日
歴史散策ー1
本日は、志布志観光ガイド(ボランティア)主催の「史跡散歩」にカミさんと参加した。他の生涯学習仲間も数人見え楽しい散策となる。
午前9時宝満寺跡に集合、天智天皇遷幸伝説の中で平安時代の志布志を訪ねる。もう一度写真を追って散歩しよう。
宝満寺跡……ここにもあった種田山頭火の歌碑<家を持たない 秋がふかくなった>

境内奥山肌の地蔵たち、<六地蔵>と網にかかり海底から上がった<網かけ地蔵>


宝満寺から前川沿いに上り、天智天皇が上下その志の厚いのを喜び名付けられたと言う「志布志地名発祥の地」に立つ。

清水氏庭園を巡り順路へ、三叉路の突き当たりにある魔除けと言われる「石敢當」

武家門だけが残る空き地を奥に進むと木々に囲まれた中に廃仏毀釈により上下真っ二つ切られ、上体が逆さまになった仁王像

和銅年間(708年)の創建と伝えられ、持統天皇(天智天皇の次女)を祭神とする若宮神社、神秘的で木陰が涼しかった。

左右一対(阿吽=あうん:一人は口を開け、一人は口を閉じている)の善神王(衣冠束帯を身につけた仁王像)


地頭次席だったという福山氏庭園(最後に近ずきお疲れ模様の皆さん)

最後に地頭仮屋敷跡の志布志小学校を経由して午前11時過ぎ第1回の史跡散策を終わる。散歩の途中、ガイド会員宅に立ち寄り休憩、冷たいおしぼりを頂き生き返る。

終始ガイドの皆さんの心使いとおもてなしに感謝、楽しい散策となった。

私のガイドはイマイチでしたが、興味のある方、是非ご参加ください。
Posted by 古葉茶庵 at 16:52
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2010年07月24日
「犬の日々」???
「土用」を和英辞典で検索すると「ドッグデイズ」である。「エ~どうして


昨日は、一年中で一番暑いと言われる二十四節気の「大暑」であり真夏日だった。そして陶芸の講座日だった。講座内容は今まで作った作品の「素焼き」と「花瓶作り」をした。

講座生15人分、約100点の作品を割らないように丁寧に扱い、窯の中に整然と並べる。ここまでで先ず一汗ド~



10:00時に点火、先ず火口は二つ、時間を追って火口を増やし、ガス圧を上げ温度を上げてゆく。窯の温度を観察しながらの花瓶作り。
二つをあわせて中三日月、外形角型の花瓶を作る。模様入れに一工夫、余りにも簡単なので秘密。

午前中に300度まで温度を上げ、一汗も二汗もかき、いつしか舌を出し息をしている我が身を顧みて、英語の成り立ちを身をもって理解した。

昼食をはさみ午後は火口を2個から4個、6個と全開としてガス圧も上げる。一方初めて「ろくろ回し」に挑戦、最初の目的だった「焼酎カップ」にかかる。
TVなどで見ているように簡単で楽しくできるものでないと知る。ろくろ操作の難しいこと、数度やり直し三汗も四汗もかきやっと、何とか出来上がった「焼酎カップ第1号」

「素焼き」は最終的に750度まで温度を上げ16:30時にやっと終わる。ダ~

Posted by 古葉茶庵 at 10:58
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2010年07月23日
夏を涼しく
梅雨の終わりとともに連日照りつける太陽、猛暑に酷暑……昨日、日本最高記録は岐阜県多治見市のなんと気温39.4度

貝原益軒は1630(寛永7)年に福岡で生まれ、19歳で黒田藩に仕えるが、22歳のとき藩主の怒りに触れ7年間の浪人生活を送った。

私ならここでふてくされて遊び呆けるところだが、偉くなる人は違う。益軒はその間に朱子学、本草学などを学び、帰藩後は藩主や藩士に儒教を講義し、健康のバイブル書「養生訓」を記した。
この中に「貧しくても、その人が楽しく生活しているならば大きな幸福といえる。日本には四季があり、それだけでも楽しく暮らしていける。長寿間違いなし」……と伝えている。
間もなく26日は<土用丑の日>である。暑い夏の栄養補給に「うなぎ」を薦めている。たまには少しの散財、うな丼でも食って、季節感を楽しく自然と仲良く暮らしたい。

……それにしても暑い


私の作った我が家の日陰、涼しいところで冷たい自家製紫蘇ジュースでもいかが


Posted by 古葉茶庵 at 08:13
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2010年07月22日
夏来る
日本列島に夏到来

昨日は「だいやめ講座」でイヤと言うほど汗を流した。


去る5月26日に植えたから芋は蔓を四方八方に伸ばし元気よく生育しているが、同時に負けじと雑草もこれまた元気よし。

午後5時から作業を始めたが、陽は未だ高く容赦なく照りつける。



6月19日の田植え以来久方ぶりの再会の面々である。ワイワイ語りながら1時間で作業を終る。

いったん解散後、後段の<だいやめ実習(飲ん方)>はいつものとおりの盛り上がりで、よく飲み、よく語り

今日、カミさんは朝から<紫蘇ジュース>作った(赤紫蘇の葉っぱを煮詰め砂糖とクエン酸を加える)、これを約2倍に薄めて飲む。二日酔いに美味いですよ。

Posted by 古葉茶庵 at 10:53
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2010年07月19日
変な天気???
「山の草木ますます繁茂、百花咲き乱れ、千態万様の自然の意匠に感嘆するのみです。」……高村光太郎、7月の時候の挨拶である。
一昨日、気象庁は北陸、関東甲信、東海、近畿、中国、四国、九州北部の梅雨明けを発表した。

「どういうこと


庭の芙蓉の花が咲いた。こんな天気を察知してか、東西に向いて二つの花ガ咲いた。


梅雨の合間を縫って作った低いテーブル(?)

Posted by 古葉茶庵 at 08:48
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2010年07月16日
嫁不足2400万人???
全国各地で豪雨被害が相次いでいる。6月下旬から7月始め、各地の兄弟・友人から「大丈夫か」の見舞いを頂いた。そして今こちらから「大丈夫ですか」の見舞い電話をしている。

奄美地方は梅雨明けの模様である。鹿児島も間もなくか。この異常な梅雨豪雨、何とか早く北上してそれでなくても大変な日本列島を穏やかにして欲しい。


さて、タイトルの嫁不足、ご安心あれ、日本の話ではない。

中国共産党機関紙「人民日報」によると、中国では19歳以下の男女比が著しく不均衡となり、2020年には結婚適齢期を迎える男性が女性より約2400万人多くなり、結婚相手を探すのが極めて困難になることが分かった。

嫁不足の原因は、伝統的な「男尊女卑」の考え方が依然根強い上、「一人っ子政策」のため、出産前に性別を鑑定し女性なら堕胎するという違法行為が横行していることにあるという。

男性の結婚難を背景に、女性を誘拐して売り飛ばす犯罪行為が増えている。淅江省では既婚女性の省外出身者20万人中、3万6000人が誘拐の被害者と分かった。

日本の男性もしっかりしてください。うかうかしているとその内、「大和なでしこ」も中国に取られますよ。
話し変わって、先日来紹介した「日本一短い手紙」、「一筆啓上賞」の秀作文章に感動の一文を見つけたので紹介する。「高知県 下元政代」さんの作文である。

<「いのち」の終わりに三日ください / 母とひなかざり / あなたと観覧車に / 子供たちに茶碗蒸しを>
Posted by 古葉茶庵 at 09:59
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2010年07月15日
「最近元気がない」!!!
サッカーW杯が終わり、選挙が終わり、終わらないのは梅雨の雨ばかり。
セ・パ交流戦では、まぁ~まぁ~の戦績だった我が巨人、梅雨の雨で“倒壊”ニュースには辟易しているのに……投壊に次ぐ投壊、振り返ってみればひたひたと忍び寄る猛虎の影、ゲーム差0.5

一昨日のゲーム、何とか1.5差に戻すも首位で前半戦を折り返すことが出来るかどうか、投手陣の奮発を待たなければならない。救世主になれるのは……いそうもない。

そんな中、清楚のしおらしい庭の“はまゆう”

そして、昨年やっと2個を収穫したカボス、今年は大収穫の兆し、焼酎を一生懸命飲まなくては


Posted by 古葉茶庵 at 10:01
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2010年07月11日
トリプルヘッダー
皆さん

今日は夕刻から半日で三つの「戦」がある。いずれもTV前での「トリプルヘッダー」

一番目の大相撲名古屋場所はダイジェスト版の速報、ドキドキ感なく面白みは半減以下、いつも楽しみにしている母はガックリ


お次は参院選開票速報、こちらは候補者にとってはドキドキそのものの審判が下る。


最後の一つは、サッカーW杯決勝戦、欧州の強豪同士、どちらが勝っても初優勝……予選リーグで日本を破り、幕末の日本に(全然関係ないか

さて、私の知っている健康器具販売指導員のH氏、この器具を使うと「(体の欠損、自律神経失調症、ウイルスによる病気)以外どんな病にも有効、治ります。」

……と言っていたのに、先日足が痛そうにしている。聞くと「好きなピーナッツを食べ過ぎて通風が出てきた」と言う。

このH氏、名前を鳩○さんという。私は言った「しょうがないネ、鳩は豆が好きだから」

実は私も尿酸値が高く、主治医から「プリン体、塩分の摂り過ぎに注意」と常々叱られている。H氏がいうには「通風の痛さは大好きはビールをやめさせてくれる」と

私はそれほど痛い通風には罹りたくない。しかし夏を目前にビールはやめられない



Posted by 古葉茶庵 at 10:56
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2010年07月10日
朝の散歩は……。
何とか、かんとか言ってるうちに明日は、全国津々浦々、参院選の投開票なのだ。

参院は本来、衆院に対する「抑制」や「補完」の機能を持ち、「良識の府」が期待され、そうでなくてはならないのに、「衆院のカーボンコピーに過ぎない。」と言われ、衆院へ「右へ習え!」で政党間対立の「政局の府」に成り下がっている。

1989年、参院選での自民党大敗以来、どの政党も単独過半数を獲得できず、衆参の「ねじれ国会」が続く。
「参院の独自性」の名の下、衆院同様の審議を繰り返すだけでは、国民の間に「参院無用論」が益々たかまる。(実際そうなのだが……。

「誰が、どの党が勝とうが世の中変わらない。


さて、昨日は3回目の陶芸講座、角皿(刺身皿)作りに挑戦……(先生にお褒めの言葉を頂いた)枯れ板の木目を活かした角皿

カミさんから、「食器洗いが大変!」(男はそこが分からない。)……と言われた小さい波額をつけた皿

いつの日か、何が乗っかって食卓に並ぶことか……。

Posted by 古葉茶庵 at 11:29
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2010年07月07日
「外でも無之候が借金願われまじくや」
<東海の小島の磯の白砂に / われ泣きぬれて / 蟹とたはむる>
<ふるさとの訛(なまり)なつかし / 停車場の人ごみの中に / そを聞きにゆく>
<はたらけど / はたらけど猶(なお) / わがくらし楽にならざり / じっと手を見る>
……今でも多くの人々に愛唱される石川啄木の詩はいい、多くの優れた歌や詩を世に残した。その啄木が「文豪たちの手紙」に登場するのは暗に違わず、「借金依頼の手紙」である。

啄木が18歳のとき、郷里・岩手県盛岡中学の先輩であり、親友の金田一京助(22歳)に宛てた手紙である。
「生はこの日に於いてこの不吉なる手紙を書かむ事は誠に心苦しき事に有之候(これありそうろう)。それは外でも無之候(これなくそうろう)が、あゝ外でも無之候が……中略……かくの如くして違算又違算、全く絶体絶命の場合と相成申候。
……中略……若し若し御都合よろしく候わば、誠に申しかね候えども金十五円ばかり御拝借願われまじくや。」
筆者は、「18歳の若者が書いた依頼文とは思えない、非の打ちどころのない手紙、たとえ啄木の詩を知らなくても、この手紙だけで啄木の頭脳と表現力の天才性を知ることができる。」と賞している。

借金上手は嘘上手とよく言われるが、啄木の評価の一つに、嘘つき、ということがある。遊び友達であった北原白秋も「啄木くらい嘘をつく人も居なかった。」といい、

本人にもその自覚があったのか、こんな歌も残されている。

<何となく / 自分を嘘のかたまりの如く思ひて / 目をばつぶれる>
啄木は26歳で亡くなるまで、京助から金を借り続けたという。
嘘つきの愛すべき人物であったのだろう……。
Posted by 古葉茶庵 at 15:12
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2010年07月06日
「世界一短い手紙」
今朝、「文豪たちの……」を読んでいたら、昨日の「日本一の短い手紙」よりまだまだ短い「世界一短い手紙」に出会った。それも往復便である。しかも60年前の話。

手紙の言葉は、しばしば暗号に近くなるという。文面の表面的な意味のほかに、やり取りする自分と相手にしか分からない意思を伝え合うことができるという。
「?」という手紙を送ると、「!」という返事があった。

1862年、フランスの作家「ビクトル・ユーゴー」が『レ・ミゼラブル』を書いたとき、出版元のハースト・アンド・ブラケット社との間で取り交わした手紙である。
ユーゴーが、本の売れ行きはどうかという意味で「?」と書き送り、驚異的な好調さですという意味で「!」と出版社が返事を出した。
事情を知らなければチンプンカンプン

百均で買ってきた(合計210円)セロームとバンブー、こんなに立派に育ちました。タイトルと全然関係ないが見てください。

Posted by 古葉茶庵 at 10:33
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2010年07月04日
手紙あれこれ……。
文月にちなんで手紙あれこれ……日本一短い手紙……として、その代表作のように教えられてきたのは、
<一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ>……の一文である。
この手紙は、徳川家康の家臣・本多作左衛門重次が陣中から妻にあてて送った。「お仙」とは、後の越前丸岡城主・本多成重(幼名仙千代)のこと。
ダラダラ書かなくて簡潔明瞭に手紙としての用は成しているが、色気もなければ、味気もない、ものたりない。

ノーベル賞作家・川端康成は「書簡文は、簡潔で、しかも親愛の情がこもっていなければならない。その上に多少の面白みを加え、相手を感動させるものが望ましい。」と言っている。
手紙は言伝ではない。読んだ後のロマンが欲しい。

<私儀 永らく病気の処、愈々(いよいよ)本日死去仕り候、生存中ご愛顧を蒙(こおむ)り候 各位へ御礼申上候>
……これは手紙ではなく、1919年(大正8年)の初夏、さる新聞にのった存命落語家の死亡広告である。

広告主は死亡広告の本人である異才といわれた「初代柳家小せん」。そして当人が予告した5月6日に36歳の若さで病気でこの世を去った。……という。まさに異才である。

手紙、文章……人それぞれ……か。

Posted by 古葉茶庵 at 19:23
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2010年07月03日
「愛の手紙 Ⅱ」
外は相変わらずの梅雨、降り止むどころかますます激しく降っている

7月の異称は「文月(ふみづき)」、一説に七夕の竹につける文が語源という。
一昨日は「文豪たちの手紙の奥義」から夏目漱石を取り上げた。最近は手紙を書く人が殆んどいないと聞く、そういえばかく言う私も賀状のほかは贈り物の添え書きくらいだろうか。

今月は文月、手紙をしたためてみては如何だろうか。

今回は、「文豪たちの……」から、後に学士院賞、文化勲章などに輝き歌聖と呼ばれた「斉藤茂吉」の手紙をUPしたい。
茂吉54歳のとき、道ならぬ恋の相手・永井ふさ子(26歳)に送った手紙。この衝撃的な手紙は茂吉の没後10年の時を経てふさ子が公開した。

ふさ子は茂吉を中心とした短歌の一派「アララギ派」の門弟の一人だった。公開された五十余通の中にあった熱い恋の手紙(抜粋)
……天下にただ一人、財布からパラピン紙に包んだ写真を出して目に吸い込むように見ています。何という暖かい血が流るることですか、圧(お)しつぶしてしまいたいほどです。……食いつきたい!……。
……実に一日千秋の思いですから、3日間の忍耐は三千秋ではありませんか。……
なんとも溢れる思いが赤裸々というか無邪気そのものというか……そんな手紙である。

文月にちなんで暇のない人も暇を創って、恋文といわないまでも、メールでも電話でも届かない思いを手紙に乗せて出して見てはいかが……。

字は下手でもいいのです。明治天皇に次の歌がある。
<うるはしく かきもかかずも 文字はただ 読みやすくこそ あらまほしけれ>
Posted by 古葉茶庵 at 11:20
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2010年07月01日
「愛の手紙 Ⅰ」
「文豪たちの手紙の奥義」……から。
江戸時代の最末期に生まれた江戸っ子・「夏目漱石」のエピソード。
妻・鏡子に対する口の悪さは憎らしい減らず口。江戸っ子の悪口雑言を絵に描いたようである。
ロンドン留学中に妻から届いた手紙の返書(抜粋)
「久々で写真を以って拝顔の栄を得たが相変わらず御両人(妻と娘)とも滑稽な顔をしているには感服の至りだ。……中略(飾った写真を下宿の主に褒められて)……なに日本じゃこんなのは皆お多福の部類に入れて仕舞うんで美しいのはもっと沢山あるのさと言って愛国的気炎を吐いてやった。筆(娘)の顔などは中々ひょうきんなものだね、この速力で滑稽的方面に変化されてはたまらない。」
……なんという言い草、ユーモアが溢れて楽しいが、それにしても度が過ぎる。

夫婦問題で悩んでいる門下生に「夫婦は親しきを以って原則とし、親しからざるを以って常態とす。細君は始が大事なり、気をつけて御したまえ、女ほどいやなものなし。」と手紙を送っている。

漱石の書簡2500通の中に一度だけロンドンから「頻(しき)りにお前が恋しい」と漏らしている。一生に一度の告白

筆者曰く
「揶揄愚弄(やゆぐろう)、悪口雑言、罵詈讒謗(ばりざんぼう)の海原に浮かぶひとひらの優しい言の葉の効き目は言うまでもなく強く大きい」
動かせない事実がある。漱石、鏡子夫妻は2男5女を授かった。

Posted by 古葉茶庵 at 14:17
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