「盆休み旅 夫婦+1」 その3

古葉茶庵

2008年08月24日 09:54

 <唖然・呆然>

 五輪野球は北京が最後の種目である。 「星野Japan」は必勝を期し、プロの選手を厳しく選抜、最強のチームで臨んだ。 「星野Japan」にとって「金メダル」は目標ではなく、使命だった。

 一昨日の韓国戦で金メダルを逃し、昨日のアメリカとの3位決定戦でも有終の美を飾ることなく玉砕した。
 五輪前、星野監督がふと漏らした言葉「野球は人生そのもの。たった一球で全てが変わることもある。夢や愛、悲しみ……全てが詰まっている。」……と。

 まさにその通りになってしまった。期待が大きかっただけに、闘将の「全ての責任は俺に……。」だけでは腹の虫が収まりそうにもない。


 <愕然>

 昨夕、野球五輪敗戦にガックリし荒れ放題だった庭の掃除をした。もうやめようとしたとき右手甲をチクリ……蜂に刺された。
 蜂の一刺しは強烈である。

 今朝目覚めたら右手が腫れ上がっている。いくらメタボの私も手はこんなに太くはない。のっけからみっともない写真で失礼




 閑話休題……

 旅の3日目(8月16日(土))

 早起き散歩、(今は公民館)小学校グランドの大銀杏の木はやはりデカイ、グランドだけが小さく見える。右下郵便局の右隣に生家があり、学校グランドはいつでも遊び場だった。



 午前中、妹達3人を加えての温泉旅、美作(みまさく)路を北へ、美作三湯の一つ「奥津温泉」

 

 「奥津温泉」は古くから津山の奥座敷として開けた温泉地、美人の湯として知られ川に湧く温泉での足踏洗濯は独特の情緒を誘う。

 左側足湯、右方向足踏洗濯場



 洗濯娘と一緒に洗濯(?)の孫娘





 「苫田ダム」(中央排水口青いところに地下2階の見学室がある。)





 午後は旅の大きな目的の一つ「古希同窓会(小中学校)」 、卒業生87人中、15人の物故者、参加者24人と少々寂しい集いとなった。

 しかし、3年ぶり、中には50年ぶりの再会もあり、初恋あり、夢も希望も満ち溢れたあの頃の少年少女に逆戻り、会場は歓喜とつきせぬ笑顔の渦でいっぱい。

 「同窓会」とは、「青春」、「感動」、「友情」だろうか。まさに青春への回帰である。古希を迎えなお元気一杯、名残は尽きず二次会、三次会へ……。

 15時の開会から22時まで、延々と語り、唄い、笑い……行く夏を満喫の一日だった。

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