新年を迎えて……
元旦は賀状に「
初日の出」と書いたのに、明けてみれば「
雪うさぎ」
ことほど然様に世の中は上手く運ばない。
屠蘇を飲みながら、ひとり思ったことである。<
卵を産まなくなった鶏は潰しが利くが、生産性を失った働き蜂は、どこにも居場所も行き場所もない>
な~んて……柄にもなく考えてみてもしようがない。
昔、大きな盃のことを、「
武蔵野」と呼んだらしい。その謂れは、昔、武蔵野という野原は広く、とても一目では見尽くせない広さだった。
「野、見尽くせん」が「飲み尽くせん」盃が「武蔵野」となった。
飲み尽くせない「武蔵野」の分量は人により、その日の体調により異なる。私の一人屠蘇は体調が悪かったのだろうか。
やがて……二人の娘の婿さん達が孫を引き連れやってきた。
分かっていても、つい度を越してしまうのが、凡夫の情けなさか、このシーズンの酒席ではある。……<
愕然>
今朝の新聞で読んだ。言語学者で「広辞苑」の編者である「新村出博士」に(正月から)肩の力を抜く<
おまじない>の歌がある。
<
小器われ 晩成もせず永らえて 凡器を抱き 安らかに生く>
肩の力を抜き、吉祥卯を眺め、もう一度武蔵野で屠蘇の飲みなおしと行くか。……
凡人だね……