志布志の史跡を訪ねて

古葉茶庵

2010年08月23日 13:03


 昨日、志布志の史跡めぐり最終回に参加した。

 15:00志布志支所に集合、先ず訪ねたのは「大慈寺開山堂」、寺の開山(創始者)である玉山玄提和尚の入定(座禅修業)の聖地であり、墓地である。

 正平6年(1351年)和尚は134歳で生きながら地下の石室に入り入寂したと伝えられる。


 次に訪ねたのは「即心院跡」、大慈寺の支院で現在は支院を開基した薩摩六代藩主、島津氏久夫妻の廟所だけが残されている。



 「大慈寺」、1340年に創建された臨済禅宗のお寺で全盛時は寺域8町四方、支院16、僧侶100名以上の僧侶で溢れていたと伝えられる。



 25日に行われる精霊流しの準備中


 64代住職、柏州和尚は幕末騒乱期の勤皇僧として斉彬没後の薩摩藩と朝廷の仲立ちとなり、維新偉業史に名を残す。墓地に参拝する。



 柏州和尚隠居所の「寒山拾得図


 境内庭の河童像

 「日本どん」、1783年ごろ天気占いの漁師が殿様のカモ狩りのお供をし、あまりにも見事に当たる天気占いに感心した殿様から名字帯刀を許され、「日本」の苗字を与えられたと言う。

 今も、内之浦に日本どんの子孫の方が住んでおられると言う。

 この後、商家(山中氏邸)、密貿易屋敷跡、津口番所跡を訪ね「東郷医院」に着く。大正7年に建てられた洋館総2階の建造物、現在も住んでおられるため邸内を見学することができず残念だった。



 最後に志布志公民館での「地蔵さん飾り」を見学し現地解散となった。